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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)731号 判決 1973年11月28日

控訴人 栗並早苗

控訴人 昭和広告株式会社

右代表者代表取締役 原田重穂

右両名訴訟代理人弁護士 稲田進五

被控訴人 片山雅司

右訴訟代理人弁護士 西坂信

同 猪原英彦

主文

原判決を取消す。

控訴人栗並早苗と被控訴人との間において、同控訴人が原判決添付別紙物件目録(一)記載の宅地について賃料一か月金五、二〇〇円の普通建物所有を目的とする期間の定めのない賃借権を有することを確認する。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一および第二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人代理人は、「本件控訴を棄却する、訴訟費用は第一および第二審とも控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、左記一および二のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(もっとも、原判決事実摘示中「膳場ふく」とあるのを「膳場フク」と訂正する。)。

一、控訴人らの主張

仮りに、膳場フクと被控訴人との間に昭和三〇年一二月二三日に成立したとする被控訴人の主張の合意が借地法第一一条の規定に該当しないとしても、膳場フクがこのような合意をしたのは重大な錯誤にもとづくものであるから無効である。すなわち、本件土地は、高木静男が被控訴人の父片山清一に対して負担する借入金債務の代物弁済として売買名義のもとに被控訴人にその所有権移転の登記手続をしたものであるが、その売買契約には買戻の約かんが付せられていたうえに、前記高木がいずれ右買戻を実行し決して迷惑をかけないなどといってこん願したので、膳場フクも、そのように誤信した結果、右買戻を実行することを前提として被控訴人との間に前記の合意をしたのであって、もし、同女において本件賃貸借が自己一代限りで消滅する結果になることが当初からわかっていたならばとうてい右のような合意をしなかったはずであるから、右合意は、その表示された意思表示の縁由に重大な錯誤があった場合に該当するので無効である。

二、被控訴人の主張

(一)  被控訴人従前主張の前記昭和三〇年一二月二三日成立の合意は膳場フクの真意にもとづくものであって、しかも、その合意をするについて被控訴人側に何んら非難されるべき不当な事情もなかったから、この合意が借地法第一一条の規定に該当する道理がない。

(二)  控訴人らの前記錯誤の主張事実は否認する。膳場フクは、本件賃貸借が自己一代限りで消滅に帰することを十分承知のうえで前記解約の合意をしたものであって、その意思表示に控訴人ら主張の錯誤はない。

三、証拠≪省略≫

理由

第一、控訴人栗並早苗の本訴請求(原裁判所昭和四六年(ワ)第一、〇五五号事件)について判断する。

一、主位的請求について。

当裁判所も右請求を失当と判断するが、その理由は、当審で提出、援用された全証拠を加えて検討しても同控訴人の主張事実を認めることができない旨を付加するほかは、原判決理由らんの当該部分に説示されているところと同じであるからこれを引用する。

二、予備的請求について。

(一)  同控訴人主張の予備的請求原因事実については当事者間に争いがない。

(二)  そこで、抗弁および再抗弁について検討する。

1、膳場フクの代理人高木静男が昭和三〇年一二月二三日ころ被控訴人の代理人片山清一との間で本件宅地賃貸借に関し膳場フクが死亡したときは本件賃貸借契約はその効力を失う旨の約束をしたことは当事者間に争いがなく、そして、右約束の趣旨から考えると、同約束は、本件宅地賃貸借につき不確定期限を設定し、その到来によって同賃貸借契約を解約するという不確定期限付合意解約であると解するのが相当である。

2、そこで、右合意解約が借地法第一一条に該当し無効であるかどうかについて考える。

本件土地賃貸借については借地法の規定の適用があることはいうまでもないところ、同契約に期間の定めのなかったことは当事者間に争いがないから、借地法第二条の規定によりその期間は三〇年とみなされる結果、本件賃貸借期間は昭和二二年五月ころから同五二年五月ころまでということになる。そして、それ以降は、本件土地所有者である被控訴人側にいわゆる正当の事由のない限り、同土地上に建物を所有していたことについて争いのない膳場フクまたはその権利の承継人の請求があれば、右賃貸借が更新されるべきものであることは同法第四条以下の規定に徴して明らかである。

そうだとすると、膳場フク(当時六五才―この事実は≪証拠省略≫によって明らかである。)が前認定のように代理人によって本件賃貸借契約につき不確定期限を設定し、その到来によってこれを解約するという不確定期限付合意解約をしたのは、右借地法の規定に反した借地条件を設定したものであって、少くともこれが同女にとって不利なものというべきことは明らかであるから、このような合意は、その合意の際に借地人である同女において真実本件土地賃貸借を解約する意思を有していたと認めるのに足りる合理的客観的理由があり、しかも右合意を不当とする事情の認められない場合でない限り、借地法第一一条に該当し無効といわなければならない。

ところで、≪証拠省略≫を総合すると、

(イ) 高木静男は、その所有にかかる本件土地を昭和二二年五月ころ以来膳場フクに賃貸使用させてきたが、同三〇年一二月二三日現在片山清一に対して負担する借入金合計四〇〇、〇〇〇円の債務の弁済に窮した結果、右片山からの強い要求にもとづき、やむを得ず右同日同債務の弁済に代えて右賃貸中の本件土地所有権を買戻(期間二年)特約付の売買名義で片山清一の子の被控訴人に移転し、右片山は、同土地を引き続き高木の場合と同一条件で膳場フクに賃貸する旨を約したこと、

(ロ) その後片山清一は、本件土地賃貸借の消滅を企図して膳場フクに対し同女の一代限りで右賃貸借を解消する旨の記載のある書面を提示してこれに同女の記名押印を求めたものの、同女よりこれを堅く拒絶されたこと、

(ハ) そこで、片山清一は、本件土地の前主である高木静男に対し同人の責任において右同様同賃貸借を解消することについて右同女の承諾を得べきことを強硬に迫ったため、前記高木もやむなく右片山側で用意した本件土地上に膳場フクが居住中に限り同女に同土地を賃貸する旨等の記載のある契約書と題する同年一二月二三日付書面を同女のもとに持参提示して、いずれ同土地を買い戻し、迷惑をかけるようなことをしない旨を告げ、同書面への調印方をこん願したので、同女も、右高木の言を信用し、所詮右契約書の前記文言が発効することもあるまいと思いこれに応じたこと、

(ニ) 当時膳場フクは、単身で同土地上の建物の一部に居住していた(他の一部は事務所として他に賃貸していた)ものの、養女の控訴人栗並早苗(和也のもとに嫁いていた)がおり、同女との間に別段不和もなかったこと、しかも右フクとしては、かねてから右のような事情にあったため、自己のもとにさらに養子を迎えて同人に自分のあとをつがせる意図を有していた(現に昭和三三年一二月には新田桂士を養子に迎えている―もっとも、同三六年九月には離縁したが―)こと、

(ホ) 膳場フクは、その後間もないころから前記解約の合意をしたことを苦にしていたものの、右高木がその後一向に本件土地の買戻を実行しないので、いっそ同人に代ってみづから本件土地を買い取ろうと考えその旨被控訴人側に申し出たところ、すでに買戻期間も過ぎているなどといってこれを拒絶されたため、いよいよ前記解約の合意をしたことを苦にするようになり、病気入院して死期の近くなった同四四年九月五日頃には、「私と片山との間の借地契約の内私一代限りのかき入れは私の意志でなく押しつけられたものですから取り消して無効にしてください」と認めた同日付書面を控訴人栗並早苗夫婦に渡してその善処方を望んでいたこと、

(ヘ) 本件土地は、被控訴人方敷地の隣地で、昭和三〇年当時における固定資産評価額は九一二、一五〇円、実際の取引価額は少くともその一〇数倍に相当するものであったこと、

以上の事実が認められる。

原審証人片山清一ならびに原審および当審証人片山菊枝の各証言中には、乙第二号証は同第一号証が作成されたのと同じ機会に同号証と同様に高木静男が用意したタイプ刷りの契約書用紙を用いて作成されたものである旨の前記認定に反する供述部分があるが、同各証においてはタイプの活字型が相違し膳場フクの表示も片仮名とひら仮名と、片山清一の氏名も「片山」と「方山」というようにそれぞれ一方が誤っており、作成日付も一方はタイプ印書で他は手書であることが認められ、このことと当審証人栗並和也の証言を総合すると右両片山証人らの各供述部分は、いずれも思い違いによるものと思われるので採用しがたく、他に前記認定をくつがえすのに足りる証拠はない。

前記認定の事実関係からすると、膳場フクは、高木静男から前記のようにしつようにこん願された結果、同人のいうとおりやがて同人が本件土地を買い戻せばその後は引き続きこれを同人から賃借できるものと信じ、前記のような事情のもとにあった右高木の一時の急場をしのがせるため、被控訴人側の申出にかかる本件賃貸借の不確定期限付合意解約に応じたものであって、同女としては、真に本件賃貸借が同女の一代限りで解約となる結果の生ずることまでも認識して右のような合意解約に応諾したものではないと認めるのが相当であり、しかも、また、前記認定の事実関係によると、被控訴人の父として、右契約に当った代理人というべき片山清一は、膳場フクの右応諾が同女にとっても、その相続人にとっても何らの代償もなくしてなされたものであり、多大な価値のある権利の放棄に相当するその行為の不合理性を知っていたであろうことが推測されるのである。

そうだとすると、前記不確定期限付合意解約は、結局において、賃借人である膳場フクにおいて真実解約する意思を有していたと認めるのに足りる合理的客観的理由がなく、しかも、右合意が必ずしも同女の思惑に沿ったものでない事情がうかがわれるので、借地法第二条および第四条以下の規定に反する借地条件を設定したもので借地人に不利なものであることが明らかであるから同法第一一条に該当し無効であるといわざるを得ない。

(三)  そうすると、控訴人栗並早苗は、昭和四五年一月二日膳場フクの死亡と同時に相続により同女から本件土地賃借権を承継取得したものというべきところ(なお、同賃貸借における賃料が一か月五、二〇〇円の定めであることは被控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。)、被控訴人においてこれを争うので、同控訴人が右賃借権を有することの確認を求める予備的請求は、じ余の点について判断するまでもなく正当としてこれを認容すべきである。

第二、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求(原裁判所昭和四七年(ワ)第一、七七二号事件)について判断する。

一、被控訴人主張の請求原因事実については当事者間に争いがない。

二、そこで、抗弁について考えるのに、控訴人栗並早苗が本件土地について賃借権を有することはさきに認定したとおりであり、また、控訴人昭和広告株式会社が控訴人栗並早苗から本件建物を賃借し占有していることは被控訴人において明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。

そうだとすると、控訴人栗並早苗は本件宅地を占有すべき権原を有し、また、控訴人昭和広告株式会社は右権原にもとづいて控訴人栗並早苗が所有する本件建物を賃借占有しているものであるから、控訴人らの抗弁は理由がある。

三、そうすると被控訴人の控訴人らに対する本訴請求はいずれも失当として排斥を免れない。

第三、よって、右と異る原判決は不当であって本件控訴は理由があるので、原判決を取り消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条および第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 畔上英治 判事 唐松寛 兼子徹夫)

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